疫学(医療統計学)

公衆衛生

疫学総論

疫学研究の3段階

  特徴 研究例
①記述疫学 (観察研究) 健康異常の頻度と分布を記述することで、疾病の発生要因に関する仮説を設定する(因果関係を探る最初のステップ) 横断研究
生態学的研究
②分析疫学 (観察研究) 記述疫学で設定た仮説が正しいか否かを分析することで、コホート研究と症例対象研究の2つに分類される コホート研究
症例対象研究
③実験疫学 (介入研究) 対象者に対して人為的な操作を加えることによって、因果関係を直接証明したり治療効果を確認したりする 臨床研究
治験

疫学指標

率(割合) 分子が分母の一部分を構成している場合で、時間の概念を含む(割合は含まない)
例:死産率=死産数/出産数
分子と分母が異質な場合
例:性比=男/女
有病率 ある一時点での罹患者数を表す割合
●有病率=集団内の罹患者数/ある一時点での集団内の人数≒罹患率×平均罹患期間
罹患率
(発症率)
一定期間内(通常1年)に新規に罹患した人数を表す率
●罹患率=調査期間内に新発生した患者数/調査対象者の人年の総和※
累積罹患率 一定期間内の患者発生の割合
(算出に人年は不要!累積だから年で割る必要なし!)
利点:いつ発症したかわかりにくい慢性疾患(糖尿病など)に適用しやすい
●累積罹患率=調査期間中の新規罹患者数/調査開始時の集団の人数
死亡率 一定期間内(通常1年)における死亡した人数を表す率
●死亡率=調査期間内の死亡者数/調査対象者の人年の総和
●粗死亡率=死亡者数/10月1日時点の中央人口(重篤度の指標となる)
年齢調整死亡率 粗死亡率を年齢別に標準化したもの。標準化の方法は、直接法と間接法がある。
直接法観察集団の人口が大きい場合、観察集団の死亡率を直接使用できるため年齢調整死亡率が算出できる。その結果、他の観察集団との比較が可能となる。
間接法観察集団の人口が少ない場合、標準集団の年齢階級別の死亡率観察集団の年齢階級別の人口を使用して、間接的に年齢調整死亡率の代わりとなる指標(SMR:標準化死亡比)を算出する。その結果、標準集団との比較が可能となる。
致命率 観察期間中にある疾患に罹患したときに、その疾患で死亡する割合(疾患重篤度)
●致命率=疾患の死亡率/疾患の罹患率(つまり死亡率≦致死率となる)

<※人年>
罹患率は観察対象者の脱落や新規参加を考慮して人年法(じんねん)を用いて計算する(1人×10年=10人×1年=10人年)。ただし、年の途中で転入出・罹患・死亡があった場合は0.5年とする。また、罹患後は罹患率に関係ないため人年には含まれない。 <直接法・間接法>

記述疫学(観察研究)

因果関係の設定基準(ヒルの基準)

仮説を設定=リスクの因果関係を評価するためには、以下の5つの条件を満たすことが求められる。例えば、「喫煙は肺がんを発症させる」と仮説をたてる。

①関連の時間性 (必須事項) 疾病の発生以前に要因が作用している(喫煙→肺がんの順)
因果関係を示すために必須条件(②〜⑤は必須ではない)
②関連の強固性 量反応関係が成立している(吸うほど肺がんになりやすい)=相対危険度
③関連の一致性 関連の普遍性が存在する(全国どこでも成り立つ)
④関連の特異性 疾病があるところに要因が存在し、要因があるところに疾病が存在する (喫煙者は肺がんが多い、肺がん患者は喫煙歴がある:EBM不十分)
⑤関連の整合性 既知の医学的知見と矛盾しない(発がん物質を含む)

横断研究・生態学的研究(地域相関研究)

横断研究 ある一定の時点における、個人レベルの原因との因果関係に関する仮説を記載する研究。 関連性はわかるが、因果関係はわからない。
<欠点>
①有病率を用いるため、リスクを求められない。
②原因と結果を同時点で観察しているので関連の時間性が不正確。
③有病率は平均罹患期間の影響を受けるため死亡しにくい慢性疾患では因果関係が過大評価される。
生態学的研究 別名、地域相関研究。
横断研究の相関プロットが個人レベルではなく、集団を表しているもの指す。

分析疫学(観察研究)

  コホート研究 症例対照研究
方向 前向き(原則) 後向き
信頼性 高い 低い(カルテ・アンケートのため)
観察期間 長期 短期
費用や労力
複数の疾患 調査可能 調査不能
まれな疾患 調査困難 調査可能
相対危険度 計算可能 近似値が計算可能
寄与危険度 計算可能 計算不能

コホート研究

  疾病Xあり 疾病Xなし 合計 疾病の発症率
要因Aの曝露あり a b a+b 曝露群の罹患率=a/a+b
要因Aの曝露なし c d c+d 非曝露群の罹患率=c/c+d

コホート研究とは、曝露(原因)の有無によってどのような疾病や死亡が起こるかを集団を追跡して、要因と疾病との関連性を明らかにする研究。2×2分割表による2つの属性の関連性の検定には、χ2検定が有効である。

相対危険度
(RR)
曝露されて何倍罹患率が高まったかの指標。例えばRRが3の場合、要因の曝露によって3倍罹患率が高まったと言える。
●RR=曝露群の罹患率/非曝露群の罹患率
寄与危険度
(AR)
曝露によって何人罹患数が増加したかの指標。例えばARが10/10000の場合、要因の曝露によって一万人あたり10人罹患数が増加したと言える。
●AR=曝露群の罹患率ー非曝露群の罹患率
寄与危険割合
(AF)
要因がなければ曝露群の何%が罹患せずに済んだ割合
逆を言えば、曝露群の罹患者中で、要因によって何%が罹患したかの割合
(これは非曝露群から出る罹患者の影響を除外するためのものである)
【例】
寄与危険割合が90%の場合、喫煙歴のある肺癌患者の90%が喫煙が原因で肺癌に罹患したと言える。
人口寄与危険割合
(PAF)
一般集団は混成グループ(曝露群+非曝露群)で構成されており、この集団がすべて非曝露群だった場合、どれだけ疾患の発生を減らすことができるかの割合。
逆を言えば、集団全体の罹患者中で、要因によって何%が罹患した人かの割合
【例】
人口寄与危険割合が20%の場合、肺癌患者のうち、20%が喫煙によって罹患したと言える。
NNT
(治療必要数)
NNT(Number needed to treat)とは、何人治療したら1人を救えるか表した指標
●ARR=1/NNT
ARR:Absolute relative risk、絶対危険度減少

症例対照研究

  疾病Xあり 疾病Xなし
要因Aの曝露あり a b
要因Aの曝露なし c d
合計 a+c b+d
疾患Xが起こる確率=オッズ a/a+c(a≒0)→
a/c(症例群のオッズ)
b/b+d(b≒0)→
b/d(対照群のオッズ)

症例対照研究とは、ある単一で稀な疾患に罹患した患者と一定の要件をマッチさせた対照者を対比させることで、その疾患に対する要因を明らかにする研究。寄与危険度は算出できない。また、曝露情報を後ろ向きに収集するため想起バイアスの影響を受けやすい。

オッズ比 要因Aと疾患Xとの関連性の強さを示した指標(相対危険度の近似値)。オッズ比>1のとき危険因子、オッズ比<1のとき防御因子であるということが推定できる。
●オッズ比=(a/c)/(b/d)=(a×d)/(b×c) → 基準となるものが分母に来る!
オッズ ある事象が起こる確率と起こらない確率の比

実験疫学(介入研究)

臨床研究

クロスオーバー試験
(交叉試験)
被験者をA群とB群に分けて、一定期間後に被検薬と対照薬を入れ換えることでどちらの群にも治療の恩恵が均等に受けられる試験。ただし、先に被検薬に該当した群は対照薬に変わった後も介入の影響が残る「持ち込み効果」が生じる可能性がある。
ランダム化比較試験(RCT) 患者を新薬とプラセボに無作為に割り付ける方法で、研究者(医師)による対象者の選択によるバイアスを減らすことができ、治療法の効果を最も正しく評価できる。
※盲検化(ブラインド、マスキング)には、被験者のみ新薬かプラセボか知られないようにする単純盲検と、研究者と被験者双方に知られないようにする二重盲検がある。

【偽薬】

プラセボ効果 薬理活性を持たないプラセボによって望ましい効果が現れること。オピオイド系の下降性抑制系や報酬系が関与していると考えられている。
ノセボ効果 プラセボによって望ましくない副作用が現れること。

治療企図試験(ITT)と実行説明試験(PP)の違い

RCTでは脱落例をどう扱うかには2通りある。

  特徴
ITT
(割り付け重視の分析)
ITTで行うのが原則!
最初に割り付けられた群の通りに分析脱落例も含める
ランダム化が保たれるためバイアスを最小限にできる
副作用による脱落者も含まれるため実際の臨床を反映できる
PP:per protocol
(プロトコル重視の分析)
実際にプロトコル通り行われた被験者のみ分析脱落例は含めない
薬そのものの効果を見ることができる
副作用で中断した患者を除外してしまうため効果が過大評価される

誤差

誤差:予想される真の値と観測値とのズレのこと

偶然誤差 測定ごとにばらつく誤差のことで、精度を低くする
(自然界におけるばらつきのために不可避的に生じる)
母数を大きくすると誤差が減少し、精度が上がる
系統誤差 =バイアス なんらかの原因によって一定の方向に偏る誤差のことで、正確度を低くする
(偶然誤差以外の人為的な原因によって起こる誤差)
  交絡バイアス
(交絡因子)
疾病と要因の双方に関連する第3の因子により生じる誤差
性や年齢がしばしば交絡因子となりうる
【防止方法】ランダム化、集団の限定
  選択バイアス 調査対象集団を選定する段階で生じる誤差
症例対照研究で起こりやすく、コホートでは起こりにくい
【防止方法】ランダム化
  情報バイアス 調査対象集団から情報収集する時に生じる誤差
質問形式・内容、診断基準など客観的な方法で誤差を↓
【防止方法】盲検化

交互作用:複数の因子が重なることで現れる効果のこと。

例)遺伝要因がありで飲酒習慣がなしの人は食道癌のリスクが低く、逆に飲酒習慣がありで遺伝要因がなしの人も食道癌のリスクが低いが、遺伝要因と飲酒習慣の両方がありの人で食道癌のリスクが高くなるような場合。

【正確度と精度】

精度(Precision) 複数回の測定結果のばらつきの度合いを示す尺度(=信頼性・再現性)
正確度(Accuracy) 測定値が「真の値」とどの程度近いかを示す尺度

統計学的検定の過誤

第1種の過誤(αエラー) 帰無仮説が正しいにもかかわらず誤って棄却すること
第2種の過誤(βエラー) 帰無仮説が誤っているのに誤って採用すること

妥当性

妥当性とはある研究デザインが存在するとき、その研究が有効であること

内的妥当性 研究者によって選ばれた標本集団にて、ある理論が当てはまるかどうかのこと
外的妥当性 内的妥当性が実際に抽出前の母集団でも通用するかどうかのこと(普遍性)

二次研究

ある疾患や治療方法に関する既に掲載された複数の論文データを統合的に解析して、再評価する研究。エビデンスレベルが高い。

エビデンスレベル(7段階) 具体例
Ⅰ(MAX) ※システマティックレビュー>RCTのメタ解析
ランダム化比較試験(RCT)
非RCT
Ⅳa 分析疫学(コホート研究)
Ⅳb 分析疫学(症例対照研究)
記述疫学(症例報告、横断研究)
専門家の意見

※システマティックレビュー:解決すべき臨床的問題に関する論文を網羅的に調査し、同質の論文をまとめて、バイアスを評価しながら分析統合を行うこと。システマティックレビューで集積された文献の結果を統計学的手法により解析したものをメタ解析という。

臨床疫学

真の陽性:スクリーニング検査に引っかかり、疾患のあった人(疾患がなかった場合は偽陽性)

  疾患(+) 疾患(ー) 合計
検査陽性 a(真の陽性) b(偽陽性 a+b(陽性者)
検査陰性 c(偽陰性 d(真の陰性) c+d(陰性者)
合計 a+c(患者 b+d(非患者) a+b+c+d(母集団)

スクリーニング検査の指標

  意義
有病率 母集団にいる患者数≒検査前確率 a+c/a+b+c+d
感度 患者全体でどれだけ検査陽性になったかの割合
→感度が高い場合、感度の値以上に大部分の患者が含まれていると考えられ、陰性なら疾患を否定できる除外診断に有用
スクリーニング検査は感度が高い検査が向いている!
a/a+c
特異度 非患者全体でどれだけ検査陰性なったかの割合
→特異度が高い場合、特異度の値以上に非患者がほぼ含まれていないと考えられ、陽性なら疾患に罹患している確定診断に有用
b/b+d
陽性的中度
(検査後確率)
検査陽性の患者の中で実際に疾患であった割合=検査後確率
有病率に比例するため、有病率が低いと的中度も低く、偽陽性が増加するため注意!
a/a+b
検査前確率 検査前に医師が疾患を推定する確率≒有病率 有病率と近似
陽性尤度比 患者は非患者と比べて何倍陽性になりやすいかの割合
陽性尤度比が大きい検査 ≒ 特異度が高い検査 → 確定診断に有用
(値が大きいほどスクリーニング能力に優れる)
感度/1-特異度
=感度/偽陽性率
陰性尤度比 患者は非患者と比べて何倍陰性になりやすいかの割合
陰性尤度比が小さい(0に近い)検査 ≒ 感度が高い検査 → 除外診断に有用(0に近いほどスクリーニング能力に優れる)
1-感度/特異度

検査前確率<検査後確率の差が大きいど、想定した診断に近づいたことを意味し、実施した検査が有用であったと評価できる。逆に検査前確率=検査後確率であれば手間と費用が増えただけ。

ベイズの定理(その検査は必要か?)

その検査が必要かどうか迷う時は感度、特異度、尤度比から検査後確率を算出してみよう!

①有病率を確認する 有病率はおおよそ検査前確率と一致する。
②ベイズの定理を使う <検査が陽性の場合>
陽性尤度比(感度/1-特異度)×検査前オッズ=検査後オッズ
感度60%、特異度80%と仮定すると、0.6/(1-0.8)=3となる。
<検査が陰性の場合>
陰性尤度比(1-感度/特異度)×検査前オッズ=検査後オッズ
感度60%、特異度80%と仮定すると、(1-0.6)/0.8=0.5となる。
③検査前確率を検査前オッズに直す 検査前オッズ=検査前確率/1-検査前確率である。 検査前確率(有病率)を50%と仮定すると、0.5/(1-0.5)=1となる。
④検査後オッズを計算する 陽性尤度比×検査前オッズなので、1×3=3となる。
陰性尤度比×検査前オッズなので、1×0.5=0.5となる。
⑤検査後オッズを検査後確率に直す 検査後確率=検査後オッズ/検査後オッズ+1なので、
3/(3+1)=0.75となり、陽性の場合、検査後確率は75%となる。
0.5/(0.5+1)=0.33となり、陰性の場合、検査後確率は33%となる。

【結果】

検査が陽性の場合 検査前確率(50%)<検査後確率(75%)なので、想定した診断に近づいたことを意味し、実施した検査が有用であったと評価できる。
検査が陰性の場合 検査前確率(50%)<検査後確率(33%)であり、
検査が陰性にも関わらず、その疾患である確率が33%と算出される。

EBMの実践

Step1 患者の問題を具体的に明確化するPECO
Patient:どんな患者に(インフルエンザの患者に)
Exposure:どのような治療・検査をしたら(オセルタミビルを投与したら)
Comparison:どんな治療・検査と比べて(風邪薬と比べて)
Outcome:どうなるか(早く治癒する)
⇨代用のOutcome(体温)、真のOutcome(根治率、死亡率など)=エンドポイント
Step2 文献情報の収集(PubMed 、MEDLINE、コクランライブラリーなどで検索)
Step3 文献の批判的吟味を行う
Step4 患者や家族の価値観、社会的、経済的状況を考慮し患者へ適用する
Step5 事後評価する

診療ガイドライン

  推奨グレードの詳細
A 行うように強く勧められる。強い根拠があり、明らかな臨床上の有効性が期待できる。
B 行うように勧められる。中等度の根拠がある。
C 行うことを考慮してもよいが、十分な科学的根拠がない。
D 行わないよう勧められる。無効性あるいは害を示す根拠がある。

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